遺言の有効性が争点となる場合の対応

田坂 駿佑 [プロフィール]

1 はじめに

  遺言は、認知症等で遺言者の判断能力が不十分な状態で作成されたり、他人に支配されるなどして正常な判断ができない状態で作成されたりと、その有効性が問題とされ、紛争となる事例もあります。

  本稿では、そのような事例における対応方法等をテーマとしています。


2 検討すべき方策

 (1) 遺言無効確認請求訴訟

   遺言の効力を争う方法として、 話し合いによる解決が見込めない場合は、遺言無効確認請求訴訟を地方裁判所に提起することになります。

   また、遺贈された財産の性質によっては、別の請求を併合提起することもあり得ます。例えば、不動産につき受贈者に所有権移転登記がされた場合は抹消登記請求、預金が引き下ろされた場合には不当利得返還請求などが考えられます。特に、不動産については、受贈者等による処分を防ぐため、不動産の処分禁止の仮処分も検討すべき点となりますが、担保を立てる必要があるなど、一時的なコストが大きくなってしまうため、依頼者の意向も踏まえ決定すべきこととなります。

 (2) 遺留分侵害額請求

   また、遺言が有効であるとしても、遺留分が侵害されている場合があるため、予備的に遺留分侵害額の請求(民法1046条)をすることが考えられます。

   ただし、遺留分侵害額請求は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間が経過した場合、あるいは相続開始の時から10年が経過した場合、時効により請求ができなくなります(民法1048条)。なお、遺留分侵害額請求権は、形成権と解される(法改正前の遺留分減殺請求権は形成権 最高裁昭和41年7月14日判決)ので、時効完成前に、遺留分侵害額の請求の意思表示を、遺留分を侵害した受贈者又は相続人に対し一旦してしまえば、時効の点はクリアされることとなります。

   また、遺留分侵害額請求権の行使にあたっては、証拠として残すため、内容証明郵便で行うことが必須といえます。


3 遺言能力

  遺言無効確認請求訴訟においては、遺言をする能力、いわゆる遺言能力の有無が主な争点となります。遺言能力がない状態でなされた遺言は、無効となります。遺言能力については、主に次の要素を総合して判断されることが多いとされています。

  

① 遺言をした当時の遺言者の年齢

  年齢が高ければ高いほど遺言能力がないとされる可能性が高い。

② 病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移

  認知症、統合失調症、意識障害等の疾患がある場合は、遺言能力がないとされる可能性が高くなる。

  特に、認知症については、長谷川式簡易知能評価スケール(HSD-R)の点数が参考にされることが多い。

・0〜10点 :認知症の疑い大

・11〜20点:認知症の疑い中

・21〜30点:認知症の疑い小

③ 発病時と遺言時との時間的関係

  ②の疾患が発生してから近接した時期にあるほど、遺言能力がないとされる可能性が高くなる。

④ 遺言時とその前後の言動

  遺言をする前後に遺言の内容と異なる内容での財産処分を考えている、などの言動があった場合は、遺言能力がないとされる可能性が高くなる。

⑤ 日頃の遺言についての意向

  日頃から、遺言の内容と異なる内容での財産処分を考えている、などの言動があった場合は、遺言能力がないとされる可能性が高くなる。

⑥ 遺言者と受遺者との関係

  生前の遺言者と相続人、受遺者との関係から、そのような遺言をする動機が本当にあったのか、相続財産や相続人の生活状況等からすると遺言の内容に合理性があるのかという点が疑わしい場合、遺言能力がないとされる可能性が高くなる。

⑦ 遺言の内容

  遺言の内容が複雑であればあるほど、正しく理解して意思表示をすることが難しくなるため、遺言能力がないとされる可能性が高くなる。


4 公正証書遺言

  公正証書により遺言が作成された場合、公文書は、文書の成立について真正であるとの強い推定(形式的証明力)が働くため、公正証書遺言も有効であると判断されることが非常に多いです。

  しかしながら、公証人は医師その他の精神状態に関する専門家ではないため、遺言能力の有無を必ず判断できるというわけではなく、公正証書遺言を作成したからといって必ず遺言能力が認められるとは限りません。実際に、裁判において、公正証書遺言であっても遺言能力の欠如や、作成時の手続である口授(民法969条3号)がなされなかったことを理由に否定された事例もあります。実際、公正証書遺言の有効性が争われた事案においては、口授の有効性が争点となったケースも少なくありません。

  口授の有効性については、遺言能力と重なる点が少なからずあり、正しく理解して意思表示をすることができない状態では、口授はできなかったと主張することもありうるところでしょう。


5 紛争の可能性を踏まえた遺言書作成の検討

  遺言を作成する際に将来トラブルが起きないようにするには、公正証書遺言という方法によることも重要ですが、紛争が起きないよう平等な内容にしたりするなどの工夫をすべき場合もあります。

  紛争を予防する、という観点では、相続人その他関係者の関係性、財産の内容等を十分確認し、検討の上遺言の内容を定めていくことが肝要です。

以上