特別受益の⽴証の⽷⼝

田坂 駿佑 [プロフィール]

1 はじめに

  相続において、遺産分割は何かと揉めがちです。特に、特定の相続⼈が介護をしていたが、他はそうではなかった、いやそんなことはない!・・・といった意⾒の相違がある場合は泥沼どころか底なし沼のような争いになることもあります。

  今回は、そんな⾎みどろの相続争いでよく主張される、「特別受益」について、実務経験を踏まえて取り上げていきたいと思います。


2 特別受益とは

  共同相続⼈の中に、被相続⼈から遺贈(死亡したら財産を渡す)を受けたり、⽣前に贈与を受けたりした者がいた場合、相続に際して、この相続⼈が他の相続⼈と同じ相続分を受けるとすれば、不公平となります。そこで、⺠法では、共同相続⼈の公平を図ることを⽬的に、特別な受益(贈与)を相続分の前渡しとみて、計算上贈与を相続財産に持ち戻して(加算して)相続分を算定することにしています(⺠法903条)。

  この場合の贈与のことを、「特別受益」といいます。

  ただ、被相続⼈がいつ、誰に、何を、いくら渡したのか、ということは、古すぎて記録が残っていない、関係者にも記憶がなくわからない、ということが多々あります。そのようなところからの⽴証が必要となるため、特別受益が相⼿にあったことの証明のハードルは⾼いことが多いです。

  ですが、諦めずに記録を辿っていくと、⽴証の⽷⼝が⾒えてくることがあります。本稿では、私が実際に遺産分割調停で実施してみた⽴証⽅法及びそれについての裁判所の反応及び雰囲気をご紹介します。


3 ⽴証の⽷⼝

 (1)通帳・取引明細

  なんといってもまずは通帳です。特に、死亡の前後での⾼額出⾦は必⾒です。ATMの1⽇の引き出し限度額が50万円ですが、綺麗に毎⽇50万円ずつ抜いていることの多いこと多いこと。

  共同相続⼈がこれを取得している場合は相続財産に戻してもらいますが、相続⼈以外の者がこれを取得している場合は、別途不当利得返還請求訴訟等の⼿続きに寄らなくてはならないことがあり、注意が必要です。

  裁判所の反応としては、⽣前銀⾏⼝座を被相続⼈の代わりに管理していた共同相続⼈がいれば、まずそちらに説明を求められます。ただ、10年以上前のことだったりすると、覚えていない、で通されてしまうこともあります。

  なお、⾦融機関の取引履歴は10年間ですので、10年分の取引明細の取得が可能ですが、⼿数料が⾼額となることもあるので、この点は注意が必要です。


 (2)不動産

  共同相続⼈が不動産を所有している場合、購⼊資⾦を親(被相続⼈)から贈与されていることがあります。不動産の購⼊時期については不動産登記を⾒れば確認可能です。そして、購⼊時期に近いタイミングで被相続⼈の銀⾏⼝座から⾼額の出⾦があれば、その出⾦について贈与をしている可能性があると思われます。

  不動産購⼊資⾦の贈与は、購⼊のための贈与の存在の証明ができれば特別受益と判断される可能性は相応にあるものと思われます。


 (3)ローン契約書

  不動産の購⼊とは別に、当初住宅ローンを組んで⾃分で不動産を購⼊したが、返済中に被相続⼈から贈与を受け、繰上げ返済をするケースもあります。

  繰上げ返済をしたかどうかは、不動産登記に記載されている銀⾏の抵当権が抹消された時期と、住宅ローン契約書の完済予定時期が異なっているかどうかにより判断します。住宅ローン契約書については、特別受益を⽴証する側は保有していないことが通常でしょうから、任意に提出を求めるか、⽂書提出命令を求めるか、という⼿段を検討することになります。

  住宅ローンの完済予定時期よりも早く抵当権が抹消されていれば、繰上げ返済をしたことになります。そして、住宅ローン契約書に記載されている⽉々の⽀払い額を、抵当権抹消⽇から完済予定時期までの期間に乗じると、繰上げ返済をした⾦額が分かります。その⾦額が共同相続⼈の当時の収⼊状況等からとても⽀払える⾦額ではない、という場合には、被相続⼈が贈与をして、その資⾦で返済をしている可能性が⾼いと⾔えます。加えて、繰上げ返済を⾏った時期に近接した時点で、被相続⼈の銀⾏⼝座から⾼額の出⾦があった場合、その出⾦が繰上げ返済に充てられている可能性があります。

  住宅ローンの契約書、繰上げ返済の事実、近接した時期の被相続⼈の出⾦、という要素が集まってくると、裁判所としては、特別受益があったという⽅向での認定をしやすい印象があります。


 (4)結婚費⽤

  結婚の際、結婚式費⽤等について親から援助を受けるということはよく⾒受けられます。この時の援助が特別受益に該当するかについても問題となることがあります。

  結婚費⽤の援助については、普遍的であり通常は特別受益には該当しないとの⾒解が多いものと思われますが、⾦額があまりに⾼額であれば、特別受益に該当する余地があります。

  結婚費⽤の⽴証資料としては、結婚当時から⻑期間が経過していることも多く、領収書等の取得は難しいと⾔わざるを得ません。そのため、被相続⼈の⽇記、メモなどが資料として提出されることが多いように思われます。

  しかし、かなりの差がなければ婚姻費⽤を特別受益とみることはないことが多く、裁判所の反応としては特別受益と認定することはあまりないように思われます。


4 おわりに

  特別受益に限らず、相続に関する紛争の場合は、証拠収集に苦労することが多いです。しかし、さまざまな⾓度から証拠を収集・検討することで、主張⽴証の⽷⼝が掴めることがあります。本稿が、その⼀助となれば幸いです。


以上